しゅふ探

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阪神・淡路大震災

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こんにちは、マウです。

 

あの悪夢のような日から今日で23年・・・

 

そう、1995年(平成7年)1月17日の早朝5時46分52秒

淡路島北部沖の明石海峡震源とするマグニチュード7.3の

 “ 兵庫県南部地震 が発生。

 

阪神・淡路大震災とは、この “ 兵庫県南部地震 ” による

大規模地震災害のことです。

 

特に震源地に最も近い神戸市市街地の灘区・東灘区・中央区(三宮・

元町・中華街で有名な南京町・神戸ハーバーランドポートアイランド

など)・長田区・須磨区兵庫区では甚大な被害が出て、衝撃を

与えました。

 

その他の兵庫県の市・町や大阪府京都府なども大きな被害を

受けました。

 

大都市直下型地震6,434名もの命を奪い行方不明者3名

負傷者43,792名家屋全壊104,906棟家屋半壊144,274棟

全半焼7,132棟、人々の暮らしをあっという間に崩壊させました。

 

私はあの日、、、

 

大阪府の実家でまだ早朝ということもあり、寝ていました。

地震が発生する2、3分前、一緒に寝ていたニャンコちゃんが

突然ベッドを飛び出したので、目が覚めました。

 

いつも一緒に寝ていましたが、夜中や早朝にお水を飲みに行ったり、

フードを食べに行ったり、時には一人で走り回って遊んだりと、

ベッドから出て行ってはまた私の布団の中に戻ってくるという毎日

だったので、「あ~、また後で布団に潜りこんでくるやろな。」と、

思いながら横になっていました。

 

と、その瞬間!!

 

“ ドシン! ” という大きな音がしたかと思うと、立て続けに

今度は “ グラングラン ” 気持ちの悪い大きなゆっくりとした揺れ

まだ寝ぼけていた私はすぐに反応することが、できませんでした。

 

次の瞬間、部屋に置いてあった本棚から本が飛び出し、ラックの

上の棚からガラスのスワンの置物が落下

「あっ!アカン、大きい地震や!!家族やニャンコは?」と、

ベッドから跳ね起きました。

 

家族たちも飛び起き、全員の顔を確認。

そうしているうちに揺れも治まってきました。

肝心の娘ニャンコは?探し回ると、、、バスルームの窓に登り、

「にゃーにゃー」鳴いてお外へ逃げようとしていました。

 

「こらこら、家族全員を置いて自分だけ逃げようとしてたんか?」と、

言いながら抱きしめていました。

家族が無事で良かった。と、落ち着いたところで窓を開けて外の状況を

確認。冬の早朝、まだ外は暗かったものの、幸いにもウチの周辺は大きな

被害はありませんでした。

 

次に慌ててテレビをつけると『緊急報道特別番組!巨大地震発生』という文字と

緊迫したアナウンサーの声が!そして、テレビ画面の上には

“ ピコンピコンピコン ” と、緊急地震速報の嵐。

 

地震発生直後はテレビ局各社ともなかなか全容がつかめず、私たち視聴者も

情報を得るのに少し時間が掛かったように思います。

それから時間が経つにつれ、だんだんテレビでも被害状況が流れるように

なり、あまりの被害の大きさに絶句しました。

 

ビルや住家は倒壊し、あちらこちらから火の手が上がり、高速道路は

横倒しになり途中で折れて、観光バス(高速バス?)が道路から半分ほど

頭を出して停まり、今にも落下しそうな状態。

 

泣き叫ぶ人途方に暮れて立ち尽くす人生き埋めになった人を探す

レスキュー隊、何とか自分たちで火の手が上がった家屋の消火をしようと

バケツリレーをする人々、、、心が張り裂けそうな風景が次々と

映し出されます。

 

私たち家族にも兵庫県や同じく大阪府内に親戚や友達がいます。

その人たちの安否確認もしたいところですが、もちろん電話は

繋がりません。

 

テレビで被害者名簿が流れると、必死に親戚や知り合いの名前が

載っていませんようにと、祈りながら画面に目を凝らします。

「今日も名前無かった、良かった。」「今日も大丈夫やった。」

「えっ?!似てる名前!!あっ!違う!!良かった~。」を

繰り返す毎日。

 

それから5日後にようやく全員と連絡が取れ、幸いにも私の周りでは

命を落としたり、大きなケガをした人はいないことが判明しました。

ホッとひと安心してその瞬間、脱力したのを覚えています。

 

相変わらずテレビではこの世のものとは思えない風景が放送されています。

見る度に涙が止まりません。

世界各国からも救いの手が差し伸べられ、救援物資が届いたり

レスキュー隊・レスキュー犬が派遣されてきたり、、、ほんと当時は

いくら涙を流したかわからないくらいです。

 

あの日から23年も経ったなんて、長かったような短かったような。

今はあの震災を知らない人も増えてきていますが、絶対に風化させては

いけませんよね。

 

地震大国に住んでいる私たち。

 

いつも心のどこかにきちんと防災意識を持っていないといけない!と、

改めて感じさせられる1月17日です。

 

今日は再度、我が家の『防災グッズリュック』の中のお水と乾パンの

賞味期限をチェックし、その他のグッズもきちんと揃っているか、

劣化したりしていないか、確認しておきました。

 

備えあれば憂いなしです。

 

 

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